4.2.3h項顕微分析原稿110421

4.2.3h顕微分析(IR,ラマン)

a.はじめに
微小部の分析には電子線やX線、イオンを使った従来の局所分析法の他に近年原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)や走査型トンネル顕微鏡(STM: Scanning Tunneling Electron Microscope)などが普及している。これらの局所分析法の空間分解能は原子レベルまで至っているが、顕微赤外、顕微ラマンの利用もますます大きくなっている。これは先に挙げた局所分析法が主として形態観察,元素分析を目的としているのに対して、顕微赤外・ラマン法は物質の同定が可能であり、分子や結晶構造に関する情報をもたらすからである。歴史的には赤外分光法はビームコンデンサーを用いた局所分析法が分散型赤外分光法の時代から行われていた。また、ラマン分光法はレーザーを光源として用いるので集光レンズひとつで容易に50μmくらいまで絞ることができ、古くから活用されていた。30年ほど前からその空間分解能が顕微赤外法は10μm程度、顕微ラマンは1μm程度まで向上し、昨今は2次元的な情報が得られるイメージング法も開発されている。顕微赤外・顕微ラマンの特徴は赤外分光法とラマン分光法が持っている振動分光法の特徴と全く同じであり、その長所をそのまま局所分析に活かすことができる。以下にその代表的なものをあげる。

(i)取り扱いが容易である。
高真空を必要とせず、空気中常圧下で分析でき、取り扱いやメンテナンスが簡単である。測定したい試料を顕微鏡で観察しながら赤外光やレーザー光を照射すればよい。

(ii)分子や結晶構造に関する情報が得られる。
電子線やイオン、カンチレバー等を使った手法は試料の形態や元素に関する情報しか得られないのに対し、顕微赤外・顕微ラマン分光法は分子種、官能基、結晶構造、歪みなどに関する情報が得られる。さらに偏光を使えば、結晶軸、結晶面、分子配向などの2次元あるいは3次元の知見も得ることができる。得られたスペクトルデータからライブラリーを用いて試料を同定することも可能である。

(iii)非破壊分析およびin situでの分析が可能である。
測定のために電極形成など試料の特別な前処理やサンプリングは必要ない。製品をそのままの形で評価することもできる。貴重な試料は何ら加工することがないので、他の分析にもう一度使用することも可能である。さらに顕微鏡下で試料の温度、圧力、雰囲気を変えたり、電位をかけたり等のin situの分析もできる。

b.顕微赤外・顕微ラマン分光装置
顕微赤外・顕微ラマン装置ともほぼ同じく、光源、集光光学系、分光器、検出器、制御系から構成される。

(i)顕微赤外の代表的な光学系を図1に示した。
光源からの赤外光は干渉計を通り、カセグレイン鏡により試料に集光される。試料を透過、または試料から反射した光はカセグレイン鏡により集光されアパーチャに結像、スペクトルを測定したい部分のみを選択・透過させMCT検出器に導入される。試料の可視像は3眼鏡筒またはCCDカメラにより観測することができる。また、カセグレイン鏡の先端にダイアモンドなどのATRクリスタルを搭載することにより数十μmの微小領域でしかも試料の表面のみの赤外スペクトルを得ることができる顕微ATR法も普及している。

4.2.3h項顕微分析原稿110421_001出典:分析機器の手引(日本分析機器工業界)第14版 p.15

(ii)顕微ラマンの代表的な光学系を図2に示した。
レーザー光は適当な出力に減光され、ビームスプリッター(BS)を通り、高倍率対物レンズで試料に照射される。試料からのラマン光は同じ対物レンズにより集光されBSで反射、ノッチフィルターにより強いレーリー散乱光を除去して分光器に導入される。このとき、試料の深さ方向の情報を得るために、共焦点光学系を搭載することもできる。レーザー光側とラマン光側に共焦点光学系を設置するとさらに高精度の深さ分解能が得られる。また、試料の可視像はCCDカメラにより観察し、レーザースポット位置を確認することにより試料のどの部分を測定するかを決めることができる。このほかにレーザーの偏光方向やラマン光の偏光方向を選択し、分子の配向や結晶軸に関する情報を得ることもできる。試料のXYステージを2次元で自動的に動かし、ラマンスペクトルをCCD検出器で高速に測定するマッピングシステムも普及してきた。
4.2.3h項顕微分析原稿110421_002図2 顕微ラマン光学系

c.顕微赤外・顕微ラマンの特徴と応用

顕微赤外分光法と顕微ラマン分光法のアプリケーション側から見た大きな違いはなく、類似の振動スペクトルを与えるが、用いる波長領域が中赤外線領域と可視領域のため空間分解能が異なることや反射法、透過法などの利用上の違いがある。その比較を下の表に示した。

項目

顕微赤外

顕微ラマン

波長領域

中赤外領域

(200~8000cm-1

紫外~可視領域

(350nm~1μm)

測定法

反射法と透過法

主として反射法

光源

セラミックス光源等

レーザー光

集光光学系

カセグレイン鏡

高倍率対物レンズ

分光器

干渉計(FTIR)

ノッチフィルター+シングル分光器

検出器

MCT等

冷却CCD等

空間分解能(最小分析サイズ)

約10μm

約1μm

顕微鏡像

観察可能

観察可能

2次元分析

マッピング、イメージング可能

マッピング、イメージング可能

得意とする分析対象

有機物、高分子等

無機物、半導体、高分子等

得意とする応用例

・  高分子中の異物分析

・  包装用多層フィルムの分析

・  交通事故車の微小塗料同定

・  顕微ATR法による微小表面の分析

・  タンパク質の構造解析

・  製剤の解析

・  DSC(熱分析)との組み合わせによる測定

・  紙幣の分析

・  Si微小部の応力評価

・  ポリマーブレンドの分散評価

・  ガラス内の泡分析

・  共焦点光学系による深さ方向の分析(皮膚の深さ方向水分分布評価)

・  セラミックスの結晶化度

・  カーボンナノチューブの直径評価

・  DLC膜測定

問題点

空間分解能が低い

蛍光の妨害、試料の損傷

価格

1000~2000万円

1000~3000万円

最近の話題としては放射光を光源とした顕微遠赤外分光や、近接場分光を利用した赤外・ラマン分光、原子間力顕微鏡(AFM)と顕微ラマン装置を組み合わせたラマンイメージング装置などもあり、今後の発展が期待される。

(参考文献)

  • 西岡利勝,錦田晃一,寺前紀夫,“顕微赤外・顕微ラマン分光法の基礎と応用”技術情報協会(2008)
  • 西岡利勝,錦田晃一,尾崎幸洋,“先端材料開発における振動分光分析法の応用”,シーエムシー(2007)
  • 西岡利勝,寺前紀夫,“応用研究を主体とした顕微赤外分光法”,アイピーシー(2003)
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