赤外ATR法の測定原理

1.概要
非侵襲コレステロール測定装置及びグルコース濃度測定装置はATR(全反射減衰法)を用いて皮膚の赤外吸収強度を測定し、血液中のコレステロールやグルコース濃度を推定する装置である。ヒトの皮膚は大部分がタンパク質(ケラチン)であり、また多くの水分を含んでいる。その中からコレステロールやグルコース濃度を求めるには信号対ノイズ比の高い赤外吸収強度を得る必要がある。この測定法にもっとも適しているのがATR法である。さらに光源光学系及び分光器の光学系とマッチした効率の高いATR測定装置を製作するにはプリズムの屈折率、入射角度、厚さおよび長さなどを検討し、それにマッチした光学設計を行う必要がある。

2.ATRの測定原理
2.1 エバネッセント波

図のように高い屈折率を持つ台形状のプリズムにこれより低い屈折率の試料を密着し、プリズム端から光を入射するとある角度(臨界角)以上では光は全反射しプリズムより外に出て行かない。しかしながら、全反射するとき光はプリズム表面にエバネッセント波を生じある距離だけにじみ出る。このエバネッセント波を利用して試料の吸収スペクトルを得ようとするのがATR測定法(Attenuated Total Reflection:全反射測定法)である。

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光が試料に侵入する深さは、入射角(θ)、プリズムと試料の屈折率(n1、n2)に依存し、その関係は次式で表わされ、光の波長に比例、プリズムの屈折率に反比例する。
赤外ATR法の測定原理0022.2 赤外ATR測定法
赤外吸収スペクトル測定にATR法を応用すると種々の特徴がある。他の表面分析手法に比べて簡便であること、吸収強度が波長に依存していること、試料への光の侵入深さを入射角、プリズムの屈折率を変えることで調整できること、などがあげられる。ATR法をうまく活用し、測定したATRスペクトルを正しく解析するには、これらATRの特性を理解しておく必要がある。
試料へのもぐり込み深さを定量的に検討する。一般的にもぐり込み深さdpは、光の強度がプリズム表面における強度の1/eになる距離で定義される。もぐり込み深さを調節するには、入射角を変えるか、屈折率の異なるプリズムを用いればよい。 たとえば、もぐり込み深さをより浅くしたい場合は、入射角を大きくし、屈折率の大きいプリズムを用いる。また、もぐり込み深さは波長に依存しており、ATRスペクトルは長波長側(低波数側)になるほど吸収強度が強くなる。 したがってATRスペクトルのベースラインは、右下がりになる傾向があるが、ATRスペクトルを波長の逆数(1/λ)で補正すると、透過スペクトルと同じようなピーク強度比をもつスペクトルに直すことができる。

下表に赤外領域で透明なプリズムの屈折率と45度及び60度の各入射角における試料の全反射を起こすための上限屈折率を示した。
また、試料の屈折率を1.5、入射角を45度に設定した場合、それぞれのプリズムの各波長における試料への侵入深さを計算した。
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ATRスペクトルのピーク強度を左右する要因として、プリズムと試料の密着性および試料との接触面積があげられる。プリズムと試料との間に空気層があると、プリズムからにじみ出る光が試料に届きにくくなるため、試料と光との相互作用は弱くなる。測定に際しては、できるだけ密着度をよくする心要がある。 また、吸収の強すぎるような試料の場合は、試料を押さえつける力を加減してピークの強度を調節することができる。 試料の大きさについては、プリズムとの接触面積が大きいほど反射回数が多くなるために吸収強度が強くなる。
ATR法で対象となる試料は、主に滑らかな平面を持ったフィルムや固体試料だが、その他にも粉末試料や液体試料などの測定もできる。

2.3 ATR測定装置
ATR測定装置は、高屈折率をもったATRプリズムとミラーの組合せで構成されている。 図2に市販のATR測定装置(島津製作所製ATR-8000)の外観、図3にその光学系を示した。この装置は試料への光入射角度を30°、45°、60°の3段階に変えられるようになっている。 通常は45°にセットして試料をプリズムの両面に密着させて測定を行う。
なお、ATRプリズムとしては、KRS-5のほかGe、ZnSeなども使用できる。
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2.4 ATR測定例
図4は、シリコンゴムをATRで測定して得られた赤外吸収スペクトルである。ここで得られたスペクトルの吸収強度を波長の逆数で補正したスペクトルを図5に示した。 補正後のスペクトルは、低波数側の吸収が弱くなり、逆に高波数側の吸収強度が強くなっており、透過スペクトルにより近い形になっていることがわかる。
赤外ATR法の測定原理006図 4 シリコンゴムのATRスペクトル(KRS-5プリズム使用)

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図 5 もぐり込み深さ補正したシリコンゴムのATRスペクトル

2.5 ダイヤモンドATR
プリズムにダイヤモンドを使用した一回反射ATR測定装置を下図に示した。 赤外光はZnSe集光レンズを通りダイヤモンドATRプリズムの中心部に焦点を結ぶ。全反射して折り返される。ATRプリズム上の試料はビデオカメラで観察することができる。さらに上部から加圧治具により試料をプリズムに押さえつけることにより、S/N比の高いスペクトルを得ることができる。
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